▲クラオニクスインスティテュートを取材した「We Will Live Again」
クライオニクス(人体冷凍保存)は液体窒素を使って超低温で人体を冷凍する技術で、現代の医療では治療不可能な病気にかかった人を医療が進歩して蘇生する技術が完成した時点で解凍・治療しようというもの。最近は遺伝子編集や人工細胞、ナノテクノロジーなどさまざまな分野で画期的な進歩が見られ、35~50年たてば冷凍されている人々を蘇生させることができるのではないかとクライオニクスの専門家たちは考えている。アメリカ南西部アリゾナ州スコッツデールにあるアルコー寿命延長財団(Alcor Life Extension Foundation)の施設には、患者たちを保存する高さ2メートル余りのスチール製の装置が並んでいて、クライオニクスには1人あたり最低20万ドルの費用がかかる。1967年に腎臓がんで亡くなったジェームズ・ベッドフォードさんは財団で冷凍保存された最初の人物となった。アメリカ東部ニュージャージー州出身のロバート・エッチンガーさんは、1962年に「不死への展望」を自費出版した(1964年にはダブルデイ社からハードカバーで出版)。1976年にはクラオニクスインスティテュート(Cryonics Institute)を設立、1977年にロバートさんの母レア・エッチンガーさんが同研究所で冷凍保存された。
ウダロワ・ワレーリヤ・ビクトロブナさんが代表を務めるクリオロス(KrioRus)社はロシアでクライオニクスのサービスを提供している。同社はクライオニクスを始めた2003年以降、60人を超える遺体を冷凍保存してきた。遺体の多くは自然死を迎えた高齢者のもので、人間以外にペットの冷凍保存もしている。費用は1人あたり3万6000ドル(頭部のみでは1万8000ドル)で保存期間は100年(科学技術の状況変化によっては延長される可能性もある)。搬入された遺体は損傷を防ぐため氷風呂に浸けて予備冷却、胸部を機械で圧迫し全身に血液と酸素を循環させる。体内に血液が残っていると冷凍時に血管が破裂して細胞を傷つける危険性があるため、血管に特殊な機械を繋ぎ4~8時間かけて全ての血液をクライオプロテクタント(凍結を防ぐための特殊な液体)と入れ替える。そして液体窒素を流し込んだ部屋で3時間かけ遺体をマイナス124度に冷却、アルミの容器で包み液体窒素で満たされたポット(Anabiosis-1では8~11人を収容)に頭を下にした状態で入れマイナス194度になるよう制御する。後は科学技術の発展によって復活する日をただひたすら待つ。2014年9月12日に亡くなった87歳の日本人女性は、ドライアイスで冷却され10月28日にクリオロス社へ運び込まれた。同社にクライオニクスの依頼をした初めての日本人は彼女の息子で、東京都杉並区にある鈴木葬儀社が遺体の搬送を援助した。2016年7月に設立された一般社団法人日本トランスライフ協会(JTLA)の事務所は鈴木葬儀社内に設置され、クリオロス社と連携しストレートフリージング(クライオプロテクタントで灌流処置を行わないシンプルな方法)によるクライオニクスのサービスを提供している。
2016年にはイギリスで初めてクライオニクスに関する訴訟が起こされた。癌を患っていた14歳の少女は様々な治療方法を調べた末に、人体を冷凍保存して将来の医療技術による蘇生に望みを託すクライオニクスを行う決心をした。離婚していた父親がこの計画に反対したため、自分の遺体の取り扱いについて決められる人を、賛同している母親1人だけにすることを求めて訴訟を起こした。少女は「私はまだ14歳、死にたくありません。でも、もうすぐ死んでしまうことは分かっています。冷凍保存してもらえば治療を受けて目覚めるチャンスがあると思います。何百年も後かもしれませんが…」と高等法院のピーター・ジャクソン判事に手紙を書いた。判事は非公開の審理を行い、2016年10月に少女の要求を認める判断を下した。少女は病気が進行したため出廷できず死亡、遺体は米国に運ばれ冷凍保存されている。
0コメント